カテゴリー別アーカイブ: 神社・仏閣

トキの羽根が拾えるかも?牛尾神社にお参りに行こう。


牛尾神社

毎年6月には薪能の演能がある牛尾神社。普段お参りに行く機会が無かったのですが、拝殿の彫刻がとっても素晴らしいのでその撮影に訪れました。カメラを変えたり、レンズを変えたりすると、また違った目線での撮影が出来ますよね。新たな気持で訪れると違った発見もあったりするものです。こちらの駐車場はちょっと入りにくいのと、出る時も車の通行量がある道路に面しているので、なかなか出にくいです。裏手の参道もあるのですが、出来れば表側の参道をおすすめしたいです。

大鳥居

大鳥居をくぐると、凛とした雰囲気に包まれています。
左手に天満宮の薬師堂があり、正面には拝殿、拝殿横には能舞台、拝殿前には樹齢1000年の安産杉があります。参道の杉はどれも巨木でこの神社が古来から由緒ある神社であることが伺えます。

安産杉

天満宮の屋根は茅葺き屋根で、風情があります。

天満宮 薬師堂

こちらが拝殿です。正面、横にも見事な彫刻が施され、当時の棟梁の技術の高さが伺えます。立体的に掘られたこの彫刻は本当に見事なものです。
脚立を持ってきて、本格的に撮影したいなぁと思いました。望遠レンズでの撮影では細部の細部までは再現出来ません。

牛尾神社

主に竜の彫刻が多く、鱗のひとつひとつが丁寧であり、ディティールも素晴らしいです。作り手によってはまんが昔ばなしに出てくるような、ほんわかした竜の表情だったり様々ですが、こちらの彫り物は写実的な感じで迫力のある竜です。

竜の彫刻

竜の彫刻

獅子の彫刻

龍の彫刻

お参りを済ませて、鳥居をくぐると何やら羽根のようなものが落ちているのを発見。やや朱色がかったこの羽根はトキの羽根ではありませんか!
私はお参りの時には必ず100円をお賽銭として入れるのですが、ご利益があったのでしょうか。人生初のトキの羽根発見に、嬉しさを隠せません。(ということでブログ記事に)

トキを幾度となく撮影しておりましたが、トキの羽根を拾ったのは初めてです。確か記憶によれば、ワシントン条約により販売してはいけないし、国外に持ち出してはいけない。という規制があったと思いますが、これを拾ってはいけないということは無いというのをお聞きしたことがあります。また、他人に譲渡してはいけないという注意があったような記憶もありますが、正しくは環境省にお問い合わせください。
環境省トキ情報

トキの羽根

そういえば、この牛尾神社の近くをトキがよく飛んでいるので、その時に羽根を落としたのでしょうね。
おそらく近くにトキの巣があると思われますので、巣に近寄るのはやめましょう。そして、拾った羽根は他人に譲渡などせず大切に保管しましょうね。
以前、専門家の方に紫外線に当てるといずれ色が抜けると聞いたような気がします。とはいえ、金庫などに保管しては見れないので、飾るのであれば直射日光の当たらないところに飾ることをおすすめします。

ちなみに、このトキの羽根は伊勢神宮の遷宮で奉納される須賀利御太刀の柄に、トキの羽根が二枚使われているのです。20年に一度新調されるのですが、これだけトキが増えれば安泰ですよね。第63回式年遷宮は2033年ですから、その時には佐渡島以外でもトキが見られるかも知れませんね。

当館から牛尾神社までの地図

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加茂神社夜能 演目 源氏供養


加茂神社能舞台

8月27日に加茂神社能舞台にて開催された夜能を観覧してきました。この日は安寿天神祭りが同畑野地区にて開催されており、大勢の人で賑わっているところから少し離れた神社で催されました。
ちなみに「夜能」と書いて「やのう」と読みます。

主催が畑野能楽クラブ一葉会さん。演目は源氏供養。

地謡

源氏供養は紫式部の亡霊が現れ、源氏物語の供養を怠ったため苦しんでいるところ通りかかった僧に供養を頼み、お礼に舞を舞うというお話。

加茂神社夜能

源氏供養

紫式部の亡霊

仏教では嘘をついてはいけないという、不妄語戒(ふもうごかい)という五戒のうちの一つがあり、紫式部の書いた架空の物語である源氏物語が不妄語戒に反するというのが源氏供養の由来だそうです。

安居院法印

安居院法印

Noh Performance

紫式部

夜能

能舞台

石山観音の化身

最後は光源氏の供養を果たし紫式部が消えていきます。

畑野能楽クラブ一葉会

毎年恒例となっている加茂神社夜能。
他にも佐渡には沢山の演能がありますので、ぜひ演能の機会に合わせてご来島ください。

2017年 佐渡薪能・狂言・ろうそく能スケジュール

当館から加茂神社能舞台への地図

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佐渡だけに残る覚源上人が伝えた釘念仏供養塔


河内神社

以前日光に行った方からお聞きした話です。
日光の寂光の滝・若子神社に行った時にガイドさんが覚源上人の事を話していた時に佐渡のことを聞いたと。
何のことについて話していたか、よく覚えていないとのことで、気になって調べてみました。

時は室町時代。覚源上人(かくげんしょうにん)が日光の寂光寺で修業しているうちに、17日間仮死状態になってしまい、その間覚源上人は地獄の閻魔大王に呼び出され地獄めぐりをしました。閻魔大王は覚源上人に娑婆(しゃば)の人間に地獄に来るとどんなに大変な目に遭うか伝えてほしい。そして地獄に来ることのないように、あの御札をもって念仏を唱え地獄に来ないようにしてほしい。とお願いされました。
覚源上人が仮死状態から目覚めると手には一枚のお札が入っていました。その御札には49の穴が空いていて、地獄に落ちると49日間毎日節々に生前の業の深さの分釘を打たれるそうで、生きているうちに49万遍念仏を唱えればそれを免れることが出来るそうです。
こうして日光の寂光寺から釘念仏の御札の写しが全国に広まったそうで、今でも日光では仏事の時に黒地に白抜きになっている49の丸い穴を親戚の方たちが黒く塗りつぶして納棺しているそうです。

その全国に広まった釘念仏信仰ですが、今は釘念仏の供養塔が佐渡にしかないとか。
これは凄いことだなぁと思い、ネットで調べてみると・・・既に調べている方がいらっしゃいました。

佐渡にだけ残る釘念仏供養塔
このブログ著者の方は故郷が佐渡だとか。

石仏

以前浜河内のお祭りに行った際に神社で見かけた釘念仏という文字に記憶があり、もう一度訪れてみました。

釘念仏

浜河内神社にはいくつか石仏や石塔があり、お堂のようなところには釘念仏の云われが書かれております。
今でもこの集落で釘念仏信仰があるのかは不明ですが、このように新しい立て札が掲げられているということは、何らかの形で残っているのでしょうね。

釘念仏供養塔

日光から始まり、今は佐渡だけに残ったとされる釘念仏の供養塔。
ちょっと誇らしい気持ちになったのは、こういうものを残してくれた方たちのおかげですね。

当館から河内神社への地図

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