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農具を獅子頭とした日本でも珍しい新町たかみ獅子

新町たかみ獅子

10月16日の新町大神宮の縁日に開催される、新町たかみ獅子。
今年は頭(かしら)のお役目をいただきました。このたかみ獅子の頭役というのは、獅子の頭を持つ人ではなく、祭り運営に関わる代表のようなもので、祭りの段取り手配、当日の責任者、後片付けなど、結構大変なお役目なのです。こういった責任ある仕事をさせてもらうと、今まで見えなかったものが沢山見えてきます。地域の方々の支え、どんな商売をどんな方がされているのか、なぜこのお祭りをしているのか、獅子の中に入る仲間のことなど、沢山地域の勉強をさせていただきました。

佐渡島内には色々な祭りがありますが、代表的なものは「鬼太鼓」というものがあります。以前はこの鬼太鼓という伝統芸能を守っている地域が羨ましいなぁと思ったものですが、この新町たかみ獅子の良いところは練習なしで誰でも入ることが出来ること。とはいえ、女人禁制というお決まりの感じではあるようですけども。また、農具を使った獅子頭というは全国的にも珍しく、古くは伊勢の方から伝わったのではないかのこと。

以下真野町史下巻407ページ抜粋

1977年に復活された新町たかみ獅子。
新町には鬼太鼓はない。しかし、タカミ獅子という変わった獅子がある。タカミは竹箕(たかみ)であり、タカミともフジミともいう箕を三枚重ねて作った風変わりな獅子である。箕で作った獅子頭を使うのは、全国でも宇治山田市にある八つの神社の「おかしら神事」だけであろう。ここでは獅子を舞わせたあと、橋のほとりで焼くので毎年新しい頭を作る。しかしこの頃は連年使えるように木の獅子頭になったという。農具である箕を使ったのは、むろん豊作を祈る願いから始まったものである。
新町でタカミ獅子を舞わせたのが、近世のいつ頃だったのかは不明である。慶長五年(1600年)に、伊勢の御師三日市太夫次郎によって皇太神宮が勧請されて「神明社」ができたと伝えられているから、大神宮の所在地である宇治山田の「おかしら神事」がとり入れられたことは想像がつくが、年代は全く不明である。古い獅子頭のほかに長さ五間余りのほろが残っていた。古老のいい伝えでは明治の半ば頃までは使われたというが、それを実際に見た者はいない。残っているのは一頭だった。
復活したのは昭和52年10月16日の祭りからであった。佐々木芳博・中川敏彦・本間安子等一二、三人の人たちがけいこを始めた。古い頭は幅65センチメートルほどの大きさ、ホロは何十人も入るもので、町を練り歩くだけだったと見当がつく。しかし新しい獅子には多少の芸をさせたいというので、30センチメートル程の小型な頭を二つ作り、ホロは商工会にあった小さい物を借り、適当な太鼓のリズムにあわせて門ごとに舞わせて歩いた。
新町相撲がなくなって、それにかわる程の人気のある余興をもとめることのできなかった新町ではかなり好評だった。しかし10人余りの少人数で500戸を廻るのは重労働だった。二年続いて来年はあぶないといわれたころ、芸はできなくても旧に復して大獅子にしたらどうかということになった。金子克己や高橋宏一等数名が呼びかけて始まったのである。フジミは渡部裕次郎が作り、赤・黒二頭の色は島倉伊三武が塗り、島倉勘十郎や島倉七兵衛が組み立てた。
昭和54年、氏子の家から古蚊帳を寄付してもらい、男女数10人の青年がいく晩もお宮へ集まって獅子のホロに仕立てた。寄付金で揃いのハッピを作った。祭りの当日は昔風の弓を張ったホロに、両方で70~80人の青年が入って獅子を舞わせた。舞う、といっても格別の芸をするわけではない。太鼓に合わせて町を練り歩き、戸毎にパクパクと獅子の頭を左右に振って簡単な所作をするだけである。しかし神主姿の者が獅子に先立って玄関でお祓いし、毎年図柄の違う獅子のお札を配布する。
獅子は8時半に神前でお祓いをうけて出発する。500戸の氏子を廻って神社へ帰るのが16時過ぎになる。天気がよければ土俵場の芝生の上でビールで乾杯する。54年のその時金子があいさつした中に「何より嬉しいのは、昨日まで知らぬ同志だった町の青年たちが、こうして獅子を奉仕するうちに心が溶けあって、明日から笑顔であいさつしあう仲になることです」ということばがあった。吉岡の青年たちが連帯感を求めて鬼太鼓を始めた気持ちと通うものがある。ひょっとすると、昔からの各部落の鬼太鼓も、単なる祭りの行事ではなくて、その根本には若衆仲間の連帯があったのであろう。
昭和55年に、新町のタカミ獅子には新しいホロができた。太鼓のリズムに合わせて、門ごとにパクパクと音を立てて祝福して廻るタカミ獅子は、こうして完成したのである。

抜粋終わり

こういった文献を読むと、なんだかとっても珍しく、ユニークな神事を我々は守っているのだと誇らしくなってきます。この新町には職人が集まっていて工芸の町でもあったことから、器用な方たちが、それぞれの技術を活かしながらこういったものを作り上げたそうです。

さて、新町まつりは毎年10月16日の朝8:00ぐらいに新町大神宮を出発し、一軒づつ門付けして町内を周ります。法螺貝と太鼓の音で近くに来たことを知らせます。

法螺貝
新町たかみ獅子の太鼓

たかみ獅子は赤と黒の二頭あり、赤が海の獅子、黒が山の獅子で、それぞれ門付けする場所が決まっていて担当している箇所を門付けして周ります。頭役は二人任命され、海の頭役、山の頭役といて、今回私は家が海側にあることから、海の獅子の頭役として携わりました。

海の獅子と山の獅子
海の獅子と山の獅子

15:00になると、新町大神宮境内外にある土俵に二頭とも向かいます。以前はこの新町まつりに合わせて、相撲大会が開催されていたのですが、今では相撲も開催されなくなったので、せめて小学生たちの下校した時に土俵でたかみ獅子を見せたいという思いから昨年よりお催されました。この土俵は以前、大相撲が巡業で使われた由緒ある土俵でもあり、島内から何百人という観客が大相撲を見に来ていた時代もあったとか。
何故土俵が新町大神宮にあるのかというのも、宮司さんにお聞きしたところ、この新町大神宮の祭神は天照大御神と、天手力男命だそうです。天手力男命はあの天の岩戸を開けた力持ちの神様で、この神の霊脈を受け継ぐのが、力士だといわれています。

新町大神宮の土俵

祭りの門付けは、お花代を頂戴し、神主がお祓いした後、新町大神宮から受け渡された御札をお渡しした後、たかみ獅子が勢いよく玄関に走り、頭を噛む。この一連が門付けとなります。地元のおじいちゃんやおばあちゃんたちは、若者の元気な姿を見て元気をもらえるとお声をいただきました。これも頭役をやらせていただけたからこそ聞けたことです。いいお役目をいただいて、大変感謝しております。

新町たかみ獅子

祭りを終えて思うのが、平日開催にも関わらず獅子に協力してくれた貴重な人材が確保出来たこと。これが一番尊いことだなぁと実感しております。
この佐渡島は年々人口が減り続け、こういった伝統芸能の運営もままならない地域が多数ある中、時間を割いて新町たかみ獅子に入ってくれた仲間たちに本当に感謝いたしております。この場を借りて御礼申し上げます。

また来年も10月16日に元気よく開催したいと思いますので、お花代、獅子に入るなど応援いただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

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小倉の物部神社の鬼太鼓

物部神社法被

4月15日開催の小倉の物部神社祭典に行ってきました。昼間は小倉の集落に行ったら太鼓の音も聞こえず、後で聞いたら畑野の街中に遠征に行ってたり、山の上の集落に門付けに行ってたりと、遠いところから門付けに行っているみたいです。夜になると小倉の集落に散らばっていた鬼たちが戻って来て門付けをし、最後に宮入りをします。

物部神社

この日は桜も満開で、境内がライトアップされてとても美しく雅な佇まい。田んぼの代掻きが終わって水鏡になっていたら、映り込みが綺麗だろうなぁとは思いましたが雨上がりだったので、若干映り込んでくれました。

物部神社

手水鉢も映り込みが綺麗でした。流石時間になると人がいっぱい集まってきますが、二年前でしょうか、訪れた際にはもっと沢山の人が集まっていたように思います。おそらく15日が日曜日でいろいろな行事と重なった故に人が分散したのかなぁと思います。

小倉の獅子

小倉のお祭りは宮入の際に鬼たちと獅子で、鳥居前で行ったり来たりします。入ろうとする獅子、それを止める鬼。その駆け引きを数回繰り返した後、勢いよく獅子が拝殿えと駆け込みます。

小倉の獅子

小倉まつり

この日は観客も少なかったので場所取りも余裕があり、良いポジションを取れたのでバッチリ撮影出来ました。たまに他人のフラッシュで白飛びした写真になったりもしましたが。

物部神社

ISO感度をググっと上げてISO8000、F1.8の開放で撮ってやっと追いつく感じ。辺りは照明があるとはいえ、動きの早い鬼を追いかけるのはなかなか厳しいです。。。

小倉鬼太鼓

小倉の鬼太鼓の特徴は、動きが早いのと、太鼓にアタックするところ。飛んだり跳ねたりするので、フラッシュを焚いたとしても、4組の鬼がずらりと並んで合計8人で踊りますのでフラッシュの光が手前から奥まで行き渡らないという撮影条件の厳しい被写体。しかし、このずらりと勢揃いした鬼の勇壮な踊りを撮り逃したくないですよね。

小倉鬼太鼓

少しアングルを低く構えて、境内のライトアップを光源として使いつつ、後はカメラとレンズの性能頼り。被写界深度が浅いのは仕方がないので、手前から奥までばっちりピントが合ってはいませんが、満開の桜をバックにずらりと勢揃いした小倉鬼太鼓の舞いが撮影出来ました。

小倉鬼太鼓

小倉鬼太鼓

最後は鬼と太鼓が一例してご挨拶。
本当に素晴らしいお祭りでした。中にはお祭りに合わせて帰省したり、有給休暇をとったりして元地元の方にも声掛けして、参加してもらっているとか。

小倉鬼太鼓

関係者に聞くと来年は15日じゃなくなるかもしれない、日曜日の方が参加しやすいからという意見も出ているようです。他の地域も日曜開催の所が若干増えつつあります。
祭りの担い手は大事です。鬼になれば稽古も必要ですしね。ただ、地域が一つになり、このお祭りを運営しているのを見ていると、「しかたねぇ」なんて言いつつも、どこか嬉しそうにしているような気がします。
お祭りはその地域のアイデンティティでもあると思っています。
ぜひ佐渡のお祭りを見に来てみてはいかがでしょうか?

当館から小倉・物部神社までの地図

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佐渡島でグランピングしてみませんか? Let’s GLAMPING!!

旅するテント

グランピングって何?という方はまだ多いのではないでしょうか。GLAMPING(グランピング)とはグラマラス/Glamorousキャンピング/Campingを組み合わせた造語で、自然環境の中でホテル並のお料理や快適なサービスを受けられるゴージャスなキャンプスタイルのことを指します。テントを張ってカレー作って寝袋で寝るというスタイルではありません。

今回そのグランピングを手掛ける旅するテントさんが佐渡で企画するとのことで、ちょっとだけお邪魔してきました。

会場となったのは、素浜海岸。
既にサーカステントのような白地のテントが張ってあり、集まった皆様もドレスコードは白。こういった雰囲気作りからテンションが上がってきます。
そしておもてなしのテーブルコーディネートが本当に素敵過ぎます。キャンドルが煌めき、飾りのフルーツやおしゃれな小物も配置してあり、まさにホテルのバンケット会場かのようです。

SWAMPさん

まずはスパークリングワインで乾杯ということで、SWAMPさんが抜栓。
気遣いがホテルマンのごとく手際がよく素晴らしい。グランピングってもてなす側のサービスも大事だなぁと感じました。また、もてなす側の楽しませる!の意気込みと、お客様側の楽しむ!の意気込みがマッチしているのも大事ですね。今回集まった方たちは本当素敵で、佐渡の自然を満喫しながらゴージャスな雰囲気も楽しんでいらっしゃいました。

このロケーションはホテルの窓からでは味わえませんね。

佐渡グランピング

帳の落ちた頃、白いキャンパス地を張ったところにプロジェクターを投影して、皆さんで映画を楽しむという素晴らしさ。
佐渡随一の砂浜で映画を見るなんて、、、今まで考えたこともなかった。

尾畑酒造

そして、こんな感じで地元食材のお料理と並ぶのは、地元のお酒。
我らが真野鶴でございます。こういった地元の自然環境の中で地元のお料理と地元のお酒を味わうって、よくよく考えたら贅沢ですよね。

GLAMPING

私はあまり時間がなく、ちょこっと撮影にお邪魔しただけですが、佐渡でグランピングっていいなぁと思いました。
オートキャンプ場のような施設ではなく、お風呂やプールがゴージャスな感じで揃っているような施設があったら、もっとハイクラスのグランピングの体験が出来るのではないでしょうか。
佐渡のアウトドアは簡易的なものばかり今まで作ってきたけど、これからは本格的なものに取り組んで行かなくちゃいけないなぁと感じました。

佐渡でグランピング。アリです。

snowpeakの常設グランピング施設(2017/6/9 OPEN)
http://www.kannon-kqh.co.jp/lp/glamping/

GLAMPINGコーディネート 旅するテント
http://tabisuru-tent.com/

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